こんにちは。
水口結貴です。

今日は、ギュスターヴ・モローの「出現」です。

モローはフランスに生まれた象徴主義の画家で、生涯をパリで暮らしました。
いわゆる「印象派」といわれる画家たちと、ほぼ同年代に活動していた彼(モロー)は、ギリシャ神話や聖書を主に題材にして絵を描いていました。

モローの作品は、その後のいわゆる「世紀末」(19世紀末)の文学者・画家たちに大きな影響を与えました。彼は、象徴主義の先駆者とされています。

出現(個人ブログコピペ)20161126


※画像は「美術館めぐり」より


その作風は「想像と幻想」の世界。

画風(特徴)は、「精巧なタッチ」と「艶かしい肌」でしょうか。

一方(生首)は「洗礼者 ヨハネ」。あの「ナゼレのイエス(イエス・キリスト)」に洗礼を施した人です。

対するサロメは、当時のユダヤ王(ヘロデ王)の娘です。

「マルコによる福音書」には、以下のように書かれています。
21 ところが、よい機会がきた。ヘロデは自分の誕生日の祝に、高官や将校やガリラヤの重立った人たちを招いて宴会を催したが、
22 そこへ、このヘロデヤの娘がはいってきて舞をまい、ヘロデをはじめ列座の人たちを喜ばせた。そこで王はこの少女に「ほしいものはなんでも言いなさい。あなたにあげるから」と言い、
23  さらに「ほしければ、この国の半分でもあげよう」と誓って言った。
24  そこで少女は座をはずして、母に「何をお願いしましょうか」と尋ねると、母は「バプテスマのヨハネの首を」と答えた。
25  するとすぐ、少女は急いで王のところに行って願った、「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆にのせて、それをいただきとうございます」。

私は、この絵を初めて見たとき「生首」を前にして、それを「睨みつけている」ようにみえる少女、にまず驚きました。
恋心があったのか、なかったのか。一説では、サロメはヨハネに恋愛感情を持っていた、とされています)

「好き」が「憎しみ」に変わり、殺してしまったのか。

私にとって、ここに描かれたサロメは「女性の愛憎」の究極的な表現(行動)に思えました。
それだけでく、この上なく残忍な行動(首をはねる)をしているのに、描かれているサロメは「神々しい」と思ったのでした。